けいこらむ うちのあゆくん♯3 気管切開児のコミュニケーション事情

気管切開児のコミュニケーション事情

うちのあゆくん(7)は、生まれて半年で気管切開児となった。

一定の運動量があるお子さんは、気管切開児といえど、声が出ている人が多い。

我が子もどんなにかすれていても、声は出せるはずだ、と思っていた。

しゃべる、までは行かなくても、あーとかうーとか。それだけでもちゃんとした意思表示になる。だけどあゆくんはいつまで経っても音声が一音たりとも出なかった。

その間のコミュニケーションは、主にベビーサインだったり、手話だったり。複雑な手話は覚えるのに時間がかかるので、我が家だけの単純なサインも加えて会話をした。パパ、ママ、遊ぶ、嬉しい、おいしい、おうち、痛い、ちょうだい、寒い、見る、何、話す、などなど。それでもあゆくんの方からの表現がとても限られていたので、母はひたすらあゆくんに話しかけていた気がする。

気管切開児のコミュニケーション事情 ある日のこと

ある時のこと。母は大風邪を引いてしまい、喉が痛くて声が出せない。喋るのも辛かったのでどうしても口数が減るのだけど、その状況にあゆくんは「ほったらかしにされている!」と思ったらしく、サインで、「しゃべって」とコワイ顔で言われた。寂しがらせる訳にはいかない。母は喉を酷使して喋り続けたのである。

年齢が上がるにつれ、あゆくんはコミュニケーションに独自の手法を取り入れだした。唇を合わせて、「パッパッ」と音を出す。「ママ」を呼んでいるのだけど、音が鳴るので遠くにいても気付く。

また、母の口の形を見ては、言葉を口の形で表すようになっていった。分からないことも多いのだけど、あえて大きく口を動かして伝えようとしてくれたおかげで、何度か聞き返せばだいたい正解に辿り着く。

(その代わり正解にどうしても辿り着けなかった時はものすごくプンスカされましたが)

気管切開児のコミュニケーション事情 ~年中さんになって~

年中さんくらいになると、ひらがなを少しずつ覚えていき、こういう伝え方もあるのだ、というのを学んでいった。ただ、ひらがなを探すのに時間がかかって面倒だと思うらしく、あまり積極的には使わなかった。

そうこうしているうちに、あゆくんは声帯を広げる処置によって音声が出るようになった!齢、4歳。

声が出せると分かったあゆくんは、嬉しそうに、「あーあー」と声を出してみせた。その後、私をまっすぐ見つめて、「ママ、大好き」と言ってのけた。

出たとはいえ、ガラガラのかすれ声。しゃべったことがないから、発音だってままならないけど、確かに伝わった。母は泣いた。

ただそのあとすぐにあゆくんが私を指さして、「あんたが」と言った時は衝撃だった…。えーっと、私が日常でソレ、使っちゃっているってことよね。ホント、言葉遣いには気をつけよう…。

気管切開児のコミュニケーション事情~その後~

その後はたくさん喋るようになっていった。ただ、赤子が辿る道、喃語から始まり、ママやワンワンなど繰り返す言葉を話し…といった、口や舌の動きから音を獲得していく経験が皆無なため、発音がほぼ母音!

「ママ、あそぼー」だったら「あわ、あおおー」に近い感じなのだ。

しばらくこの状態が続いたためとても心配したけれど、言語聴覚士の先生からは、「あゆくんは自分で聞いて話して、自分で音を寄せていけるから大丈夫」と言われた。何もする必要はないという。

ほんとかな!?と半信半疑だったけど、確かに、今は綺麗に話せている。

4年間も声が出なくても、ちゃんと「話す」を獲得できるって、なんだかすごいなあと、改めて子どもの力に驚かされたのだった。

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